2012年5月17日 (木)

言葉を知ることを

もうすぐ、インドへ渡って半年がたつ。
いやぁ、早いもんだな、と思う。

いろいろあれども、日々仕事をして生活をしている、その実感はしっかりある。
充実してる、てことか。

最近ようやく、ヒンディの勉強に重い腰が上がって、ちょっとずつだけど、やり始めている。
仕事は英語な訳で、英語をほっといてヒンディ勉強する気には今までならんかった。
いや、英語だって、まだまだやねんけど、恥ずかしながら。

オフィスのスタッフ兼友人、モゥシャミが、ヒンディを上手に教えてくれる。
子供に教えてた経験があるらしい。20代前半なのに、色々経験値が高い子なのだゎ。
いかんせん、ワタシの記憶力といったら・・・memory problemと言っては笑うけど、学生の頃とは違うなぁ、て痛感しながら、でも、新しいことを学べる楽しみも感じながら。

単語はそこそこ断片的にではあるけれど、覚えてきているので、ヒンディの会話を聞いていると、ところどころ、内容は推測できることが増えてきている。

言葉を、知ることを、再び始めている。
赤ちゃんが言葉を知り、話すようになるという過程には、計り知れない段階があるんだろうなぁ、て感じている。
何もなかったところに、言葉がまずは音として、やがて意味をもって、根を下ろし育っていく。
そこには通訳してくれる人はいない訳で。
ゼロから∞へ。
すごい跳躍が繰り広げられる。

ワタシも、飛躍、したい、なpenguin

2012年5月10日 (木)

オトナ女子にならなくっちゃ

反省、しております。
母が、最近送ってくれた荷物の中に、「女の悩みはいつもマトリョーシカ」という本bookがありまして。

最近、人付き合いの中で、何度かキーッとなって、人間関係難しいなぁ、インド人とうまくやるってのは・・・と相手が'インド人'であることを言い訳にしていたのだけど。

室井滋さんの著書。
その中のある文章が、非常にしっくり入ってきて、あぁ、だからダメだった訳だ、と心底納得したのです。

人は人、自分は自分だと思ってコミュニケーションをとると、相手を理解できる気がします。
  (略)
いろんな価値観があることを理解できるようになると、ムリに考えを押し付けたり、いやいや受け入れたりしなくなる。
  (略)
何より大事なのは、笑顔とていねいな態度。だって、たいしたことじゃないのに、きつい言い方をしたせいで、相手に聞き入れてもらえなかったら、もっとくやしいじゃない。
  (略)
言いたいことをうまく伝えることは、自分の可能性を広げることにもつながります。


ほんとにもう、その通りなんだなぁ。いきなりどっかーんpunchと核心突くような可愛げのなさだから、喧嘩や口論めいたことになっていた気がしていて、反省した。
ベースから違う人と話をするときには、頭の中に、常に感覚として持っておかないといけないな、て。
それでも、話にならない相手の場合は、もう諦めるしかないと思うけど・・・

おっきい心で、しなやかに、生きていたい。

2012年5月 6日 (日)

話すこと

こどもの日、スーパームーンfullmoonの日、そうとは知らずにRishikeshへ。
Beatles Ashram散策と友人マイちゃんに会うのがメインだった3月下旬から約一か月。
今回のメインは・・・カフェOKAERIでのんびりさせてもらいcarouselpony、日本語おしゃべりをすることcat、もちろん和タリー(定食)をいただくことjapanesetea

前回OKAERIしたのは、2月中旬の3連休。

夏の盛りには、ミチコさん、カフェを閉められるので、早く行かねば~~と思ってた。閉まる前にもう一回行きたいと思うのですが。

DehradunからRishikeshまで、ところどころ混んでいて、Rishikesh内も妙に混んでいて、辿りつくのに今までで一番時間がかかって約2時間car

今回は、ちょっと苦手な塩ラッシーと和タリーをいただいたのだが(前回は日曜日限定の巻き寿司セットだった)。
会いたいと願っていたHaridwar在住のマリコさんが、休日でOKAERIされており、偶然にも初対面することが出来ました。
しかしまぁ、何の当てもなく行って、こうやって、出会えるってすごいことやなぁ。
Rishikeshに長期滞在されているスーさんにも会うことが出来て、あぁ、またRishikeshやHaridwarに行く楽しみが出来たなぁ、て自分にうれしいお土産(笑)

そもそも、今回Rishikeshに行きたいと切に思い立ったのは、やっぱり先週末の長らく尾を引いた喧嘩が発端。インド人って何なんだ・・・と経験豊富なミチコさんに話を聞いてもらうしかない!と思ったから。
一週間の間にオフィスの女性スタッフとも話をしてて、「ふーん、ワタシはさほど悪くないんじゃないの」、と腹の虫はひとまず収まってたのだけど(笑)。
で、OKAERIに行ってみると、同じようにインド人との付き合いに酸いも甘いもなめてきているマリコさんとスーさんの話も聞くことが出来て、ワタシの話も聞いてもらえて、とにかく
 めちゃくちゃ、スッキリ!dash
したのだ。

やっぱり、ワタシは女子やわ、話さなあかんわ~
と、痛感。ためこむのは、体に毒やねnotes
毒素は、さっさと、排出いたしましょう。

2012年5月 1日 (火)

もっと、力を

週末、一番したくない人と喧嘩してしまい、ガラにもなくずーっと引きずって落ち込んでますdespair

ワタシが相手のある行動が許せずそれに怒って、長々と愚痴っていたら、今度は相手がそれに怒って・・・
一応、その場で謝り合って、終わった形になったけど、その後から居心地が非常に悪く、食欲にまで影響している状況・・・(暑いから食べたくない、てのもかなりあるかも)

相手はインド人で、感覚も違うのか、何度も説明して分かってほしいんだ!と熱弁し、「分かった!?」と聞いても「分からん」と一言。
そりゃないでしょうよ・・・weep
ワタシのボキャブラリーの弱さもあって、うまく説明しきれなかったのかもしれないけどサ。

仲直り後も妙に接しずらくなって、まだ数日だけど、イヤな空気をまとったまま。

違う土壌で育った人同士が分かり合うって、やっぱり大変。
と、身を持って痛感しております。早く、通常モードに戻したい・・・

仕事上でも、かなり年上の関係者に言いこめないといけない場面もあり、ちょっと疲れ気味なこの頃です。
そもそも、討論とか苦手な性格だからなぁ・・・と甘えたことも言ってられないしsad

言葉の力を、引き出せるように、英語は勿論、ヒンディ語も日々向上させないと・・・と日本のGWまっただ中に思うのでした。

2012年4月21日 (土)

サルーンではなくて

お暑うございますsun

今年は、本格的な夏の到来が遅れているようで、例年であればデリーでは40℃を超える日々が続いている時期なのに、まだ36℃前後で、少し涼しさが残っているとか。
ここデリーより250kmほど北に位置するDehradunも、まだ激暑、てのには程遠いものの・・・暑い日々が到来しています。
朝晩は、まだ涼しいんですが・・・

暑さのためか何なのか、先月から一か月というワタシ的には早すぎるほどのタイミングで、再び髪を切りに近くのAサロンへ行ってきました。Dehradunでも、近代的設備のあるサロンはグングン増えてきているようで、今回2回目そのうち行きつけになるであろうAサロンも、普通に小奇麗な店内にはシャンプー台が三つもあるし、洗髪にはロレアル製品を主に使用。

豆知識ながら、女性用のサロンはビューティーパーラー、男性用はサルーンというらしい。昨日「明日サルーンに行くんだ!」て話をデリーの友人に電話mobilephoneでしていたら、彼に直されましたょ・・・「君は男性用サロンに行くのか!(笑)」と。

前日予約していて、朝イチでサロンに行くと、当たり前のように掃除していたりとまだまだ準備中状態。
冬からずっと、空気がとても乾燥しているため、なんだか髪がパッサパサなので、ヘアスパとカットhairsalonのセット。
お客はワタシが一番乗り。個室で、ゆっくり、髪にトリートメントを揉みこんでいただきました。腕からアタマのマッサージをしてくれ、足はフットマッサージ機にまかせて、しばしうっとり再び夢心地。その間も何人もの店員さんがひっきりなしに水やらコーヒーcafeを持って来てくれたりし、さかんに話しかけてくる(ヒンディ語で)。単語が少し分かり始めてきたので、なんとなく言わんとすることが分かり、一応会話が成り立ちます。
「あなたとってもキュートよ」と(多分)年下の店員さんに褒められ悪い気はしないものの・・・もうキュートって歳ぢゃないんだけどね(心の声)と、思ったり。
ここでも若く見えるらしく25、26歳くらい?と良く聞かれます。お恥ずかしい・・・

さて、カットは今回担当してくれたお兄さんの方が前回より腕がたってました。
前回も今回も、こんなイメージで、と日本のヘアスタイルHPから見つけたスタイリングページを印刷して持って行ってますが、イメージには今回の方が近かった。
そもそも、インド女性は殆ど長髪なので、ショートカットにする人自体が少ないのですね。お店にあるちょっとばかりのヘアカタログでは、ワタシの希望はとても賄えないのデス。
そう思うとやっぱり、日本のカット技術は高いよなぁ、て感心してしまう。

他にも、日本のサロンの行き届いたサービスに逆に気づかされて、感心してしまいます。
たとえば、シャンプー中には顔に水飛沫がかからないようにガーゼタオルをかけてくれたり、耳にシャワー水が入らないよう、手でガードしてくれたり、ブランケットをかけてくれたり、シャンプー中に「痒いところはありませんか~」と聞いてくれたり。・・・あります、て答えたことないけど。

今回のヘアスパが500ルピー(800円程)、カットが250ルピーmoneybag
店内も涼しいし、夏は、これに限る!かも。
単純にマッサージ、フェイシャル、ネイルもやってる店なので、女子力維持のためにも(?)愛用したいな、と思います。

インドへいらした際には、インディアン・カット、トライしてみるのも自分への良いお土産になったりしてpresent

2012年4月15日 (日)

インディアン オムライス

本日の料理(ランチ)restaurant

最近、人からもらったり人にあげたりすることが多々ある食べ物。
日本の食事に興味のある人も多いけど、なんやかんや言っても、インド人はスパイスが効いているものがやっぱり好きなんだと思う。
スパイスが効いてる=辛いcoldsweats02、という訳ではなくて、とにかく、味のベースがしっかりしていてクイッとパンチが効いている必要があるみたいだということ。
それはスイーツにも表れていて、カルダモンやシナモン、コリアンダーパウダーやらチリパウダー、ガラムマサラを使うスイーツもある。勿論、とにかく甘ったるい!てスイーツも多々あるんだけども。

で、最近良く考える。家に人を招いたとき、誰かの家に行ったとき、食事を振る舞う機会があったら、ちょっと日本ぽいモノriceballを作れる必要があるなぁ、と。

でも、本当の日本食は、一部の人を除いたインド人には「おいしい」とは感じられないと思う。インド料理の刺激の強さに拒否反応を示す外国人(日本人含めて)が多いように、繊細な味の表現を重要視する日本食の理解は、インド人にはとても難しいことなのではないかしら。
これは、ワタシが京都の出身であることで、日本でも既に痛感させられてきたことでもある。京都の外に出て外食する際の味が、なんとも濃ゆいこと・・・

ということで、ズバリ日本食は諦めて、'日本ぽいモノ'にシフトしたのだ。

ということで、今日の試作'日本ぽいモノ'第一弾fuji
その名も、インディアン オムライス。
多分、日本ぽいとは思ってもらえんだろうなぁ(笑)、洋食やし。

Photo0199_1280x936_2でも、個人的には合格shine
うまい。

ところで何がインディアンなのか。
ケチャップライスを作る際に、グリーンチリのみじん切りを少量入れて、塩と胡椒をしっかり効かせて、そこにガラムマサラ、コリアンダーパウダー、ターメリックパウダーをトマトの風味がちゃんと残る程度に加えてみた。

卵の黄身は日本の卵みたいに黄色が強くないので、オムライスの黄色!が見えないのが寂しいけど。
でも、そもそも日本の卵は穀物飼料のカロリーが高すぎるから、あんなに黄色いんだし・・・

付け合せは、カリフラワーと人参のマサラ炒めココナツミルク風味(笑)。
自画自賛だけど、これ、イケてます。

さっそく、振る舞ってみなくっちゃhappy02

2012年4月 9日 (月)

およばれ part2

5~8日は、4連休だった。
5日はMahavir Jayanthi、Mahaviraの生誕を祝うジャイナ教で最も重要とされる宗教日でお休み。
翌6日はイースター直前の金曜日、Good Fridayで休日。
西側の国であれば、これに翌週のイースター当日も休日になるのだろうけど・・・
多文化多宗教のインドならではの休日の並び方。

ヒンドゥー教、イスラム教、仏教、シク教、ジャイナ教、キリスト教、拝火教(ゾロアスター)、・・・
上げてみると、すごいです。

そんな中の連休初日の5日は、オフィスのスタッフの一人モゥシャミ(女子)と市内のバザールに出かけた。
移動手段には個人の車は使わずに、BusとVikram(乗合のオートリキシャ)だけを使うという縛りを設けてbus

自分が旅行者であれば、当の昔に慣れきっていたと思われるものの一つだけど、住んで車を持っていると、わざわざ公共交通機関を使う機会はめっきり減る。
なので、DehradunでBusもVikramも利用するのは今回がハジメテ。

朝、モゥシャミが家まで迎えに来てくれた。わたし、一人で外を出歩けない外国人と化しているじゃないの(笑)
やってきたBusをとめ、バザールへ。行きすがら、モゥシャミが通りの名前や交差点(○○ Chowkという)の名前を教えてくれ解説も加えてくれるので、いちいち書き留めた。
バザールに着いて、店の並びを教えてくれる。
既に一度来てウロウロしたところなので、真新しい訳ではないけど、説明が加わると地理として覚えやすくなる。

肉屋・魚屋、出版印刷関係、ファッション、履物、金物、穀物・豆・・・無秩序に雑然と店が並んでいるのかと思いきや、それとなくエリアに分かれている。

今回は、「パンジャービスーツを仕立てる」のが第一目標ribbon
インドでは、既成の服も勿論売っているんだけど、生地屋に行って、好みの生地(パンジャービスーツの場合は、カミーズ(チュニック)、サルワール(パンツ)、ドゥパッタ(ストール)の3点セットが基本)を選び購入したら、仕立て屋(テーラー)に持参して、採寸してもらい、仕立ててもらうというのが普通とのことhairsalon
生地屋に行ったら、イスに座って、好みを店員に伝えると、目の前にこれでもか、と生地が積まれて行くのです。
選べませんゎ、ワタシ。なんて、言いながらモゥシャミと相談しながら、普段の好みと少し違うものも入れて、3セット購入。
1セット当たり約900ルピー(1,400円くらい)moneybag
で、仕立て屋さんに持って行って、採寸(うーむ)され、約10日後の出来上がり・・・ちなみに仕立て料は200ルピー(1着当たり)。
オーダーメードの方が、既成服をバラバラに買うより、安くなるとは・・・良いシステムだこと、と感心しきり。
Photo0207
←で、出来上がりはこんな感じ。
エメラルドグリーンなんて、絶対に買わない可愛い系だけど、ココで着たら全然派手でもなく、普通なのだろうな、という(笑)。
次買うときは、多分、もっとカラフルな色のものを買うのだろうな、と。
ただ、かなりタイトにフィットした仕上がりなので、少しでも肥えると、着れなくなるょ・・・気を付けないと・・・


暑い日だったので、ウロウロしながらインドアイス・クルフィやフレッシュジュースやアイスクリームやニンブーウォーター(ニンブー=小さいレモン:写真右)飲んだり、水気の消費が激しいsweat01
バザールの外もしばし歩き回って、すっごい充実。Photo0202

そのまま、家まで一緒に帰り、雨が降り出しそうだったので、遅くなる前にと、車carでモゥシャミを彼女の家まで送ることに。
で、彼女の家に着いたら、まぁ、お茶cafeでも、お菓子でも・・・ずるずると、まぁ、夕飯でも、となり(笑)
と、停電・・・
夕暮れ時で、室内は暗闇の中へ・・・モゥシャミの両親は、ローソクの明かりの中、夕飯の仕度を開始。

モゥシャミと二人女子トークを挟みつつ、さすがに室内は暗いので外へ。
近所の家々へ、我が家のように入って行って、その家の人たちにワタシを紹介してくれた。
うーむ、近い。

そんなこんなで、風強く、雨も降り始めたので、再び家に戻ると、電気はまだ点かないまま。
本格的に暗闇です。
8時頃。
食事の用意が出来たと用意し始めたところで、電気が復活。結局3時間近く、停電していたみたい。
明るい中で、ご飯をいただいた。魚fish、久しぶりに食べたゎ。
家庭のご飯て、やっぱり美味しい。
モゥシャミの家庭はアッサム地方の出身なので、魚料理も頻繁に食卓に上る。

そんなこんな。
またしても、御相伴に与った夜だった。
ごちそうさまでした。

2012年4月 5日 (木)

およばれ part1

先日、日曜日。

個人で雇っているドライバーのRakeshくんが、姪の誕生日パーティに自宅houseに招待してくれた。
Rakeshくんのお兄ちゃんの娘、Mariaちゃんの3歳の誕生日会birthday
家が近所なので、夜8時前に迎えに来てくれた。

行ってみると、近所の子供たちやら、大人も集まって、総勢30人近く。
主役を押しのけるかの勢いで、わたしを歓迎してくれました。
小さな家で肩を寄せ合うように暮らしている彼ら。
外国人が家にやって来る、という経験もないと思われ、みんな興味深々。
でも、英語は話せないし・・
身振り手振り、ヒンディで一生懸命話しかけてくれる。

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とは言いつつ、インド流の誕生日会の風景も、しっかり見させてもらえた。
バースデーソングnoteを歌ってケーキに入刀したら、生クリームを主賓の顔にべちゃーっと塗りたくる。
飾り付けられた風船が割られ、中から、チョコレートやキャンディが零れ落ち、子供たちが我先にと拾う。
危うくわたしも、かき分けて、拾いそうだった(笑)
あぶないあぶない。

Dsc00006_1280x856

セレモニーが終わったら、外では食事の準備が佳境に入り、わたしはRakeshくんのお父さんに歓待され、別室でマンツーマントーク。何かを一生懸命説明してくれている、それだけはわかるのですが・・・
家族写真や、インド陸軍で働くRakesh兄の写真を見せてくれたり。

今度は女の子と女性が集う部屋にも連行、もとい招かれて、ケーキcakeを肴に女子トークもいたしました。

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(みんな、本当にうつくしい)

そうこうしていると、食事が出来たと、Rakesh父のいるもとの部屋へ戻され、小さなテーブルに乗り切らんほどのご馳走を振る舞ってくれましたrestaurant

あったかいご飯をお腹いっぱい食べてもらおう、という思いが本当にうれしかった。

Rakesh母も、またおいで~と言ってくれ、夜が更ける前に帰宅。

また、ひとつ、インドのことをよく知るきっかけを貰えたようで、とてもとてもハッピーな夜だった。


行く前、そこにどのくらいの人数が集うのか、どういった趣向の誕生日会なのか、想像がつかなくて、なんとかかんとかお土産らしいお菓子を包んで持って行ったけど、やっぱり、受け取ったものの方がはるかに大きかった。
精一杯、もてなして歓迎してくれる。

ヒンディ分かるようになって、自分の言葉で、色んな事、コミュニケーション出来るようになりたいな、とまた強く感じた。
英語も、もうちょっと向上したいとこだけど(笑)

Dsc00016_1280x856 (女性たちの服装は、本当にカラフル)

2012年3月26日 (月)

1968

またまた、Rishikeshへ行ってきました。

今回の目的は、
 ・友人maiちゃんに再会する
 ・通称Beatles Ashramに行く
てことで、アルバムに写真をアップしました

土曜日は、朝の瞑想&ヨガに参加して、maiちゃんとともに、今は廃墟となった通称Beatles Ashramこと、Maharishi Mahesh Yogi Ashramに行ってきた。

P8

1968年、The Beatlesのメンバーがヨガ修行に参加したアシュラムとして、当時世界中に知れ渡った場所。グルであるMaharishi Mahesh氏が税金対策のためオランダに飛んでしまったため、1997年に閉鎖されて、いまは州森林局の管理下にあるらしい。なんだ、ちょっとした関係者じゃないか・・(笑)
門扉は施錠されているので、正式には入ってはいけないところなのかもしれないけど、主に欧米からの旅行者が、毎日訪れているよう。
中に住みついたおっちゃんが、ヨロヨロと鍵を開けにきて、一人当たり50ルピーをせしめるのだ。実はインドって、こういう、ワイロ文化が堂々とまかり通ってる国だ。

外から、自称ガイドみたいな別のおっちゃんが頼みもしないのに一緒に入ってくる。
中は広い上に、当然ながらなんの標識もないから、確かにガイドがいないと、ふーんと見て行くしかないので、結局重宝するんだけど、当たり前のように高額なガイド料を要求してくるのには参ります。

草木が生い茂り、朽ち果てたアシュラムは、一種、遺跡のような雰囲気を発している。

P13 P15 P14

700人近くが寝泊まりできるキャパシティがあり、全盛期はさぞ賑やかだったろうな、と感じた。敷地内には、郵便局も診療所もあったとのこと。

P22

宿泊棟の屋上からは、Rishikeshの町が一望できる。卵型の構造物は貯水タンクを兼ねている。

レクチャーホールの壁は、落書きであふれんばかり。でも、なんか妙にアートを感じてしまうほどの乱雑さ、わたしは嫌いじゃないのです。

P19

付近には、ゾウもいればトラもいる。破れたレクチャーホールの屋根の下で、動物たちが雨宿りしている光景が脳裏に浮かんだ。

そこらの遺跡より、見応えのある、新しい遺跡だった。

2012年3月22日 (木)

高松へのホットライン

本日つないでみました。

こちらで使っているモバイル、プリペイド式のものなんですが、国際電話をかけるとなるとそれなりに残額がないと危ういなぁと思いつつ、チャージしなかったわたし。

で、かける前の残額、約160ルピー分。日本円にして約260円。なんとか、話せそう・・・?てことで、終業後のインド時間の18時、日本の21時半に発電。

つながった先は・・・誰かの野太い叫び声、もとい歌声でした。

本日、今月いっぱいで定年退職されるITOさんの送別会第一弾(?たぶん)開催中の高松のとあるカラオケ屋。

香川県内で勤務していた3年前まで、の3年間、非常にお世話になった山の師匠でもあるITOさん。

同じく大変お世話になった元同僚の方3人。

そして、なぜか大学の同窓であり、いつの間にかこのおかしな呑み仲間に組み込まれたmiyaちゃん。

香川県にいたときは、本当によく、呑んでいただきました。

高松市からは車で一時間ほど離れたところに住んでいたのに、月に一回は、少なくともこの同僚の方々と呑んだもの・・・なつかしい。

まるで自分がそこにいるかのように、呑み風景がイメージされ、楽しいひと時でした。

ITOさんは地元の愛媛県に戻り、fujiTさんは徳島の職場に移り、M長さんは退職され・・・

あの頃の職場の雰囲気は、もうないのか・・・と思うとなんだか妙に寂しく感じてしまうのはなんでなんでしょ。

ひととおり、話し終えたあと、電話口が、電話の持ち主miyaちゃんからITOさんの野太い声に再び変わった瞬間、ピー・・・(切れました)。

なんてタイミングの良さなんだ。。。

ITOさん、長い間、ほんとうにお疲れさまでした。
一時帰国する際には連絡するので、、、許してください。

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